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【コラム】第13回「教本の使い方、買い方」




最近、良い本を買いました。
『ポーズの定理』という、ポージングについて描かれた本です。良い本だと思うので「書籍紹介」のコーナーで紹介しようと思ったのですが、一つ心配なことがあります。

絵やマンガの描き方を教えてくれる「教本」は、値段が高いです。
文庫本などは500〜800円ぐらいで買えますが、教本って平気で2,000円ぐらいします。5,000円越えるような本だあってあります。

そんな高いくせに、「買ったけど使わなくて本棚の隅でホコリを被っている」という結果になりがちです。
「よ〜し、教本を買って今より上手になるぞ〜!!」と目を輝かせていた自分はどこへやら。「高いお金を出したのに無駄にしちゃった…。自分はなんてダメな奴なんだ…」と自己嫌悪に陥ることにもなりかねません。
最悪の場合、教本の知識を有効活用しようとネットでマンガの描き方講座をする紫色の怪物になってしまい妹にブン殴られます(参考文献:ポチョムキン人形先生『漫画の描き方講座やりたい男』週刊ヤングVIP)


なので今回は、教本を活用する方法、教本の買い方についてお話しします。
「お前は教本について語れるほど絵が上手いんかい」と思われるかもしれませんが、教本の内容はそこそこ活かしているつもりです。その上達具合はこのページの最初に載せた画像のとおりです。
また、僕の本職は学校の教員です。本の読み方や学び方のノウハウは人より蓄えているのでご安心ください。
そしてこの内容は、絵やマンガの教本に限った話ではありません。資格試験の参考書選びや受験生の問題集選びにも通じる部分があると思います。絵やマンガの教本を買う予定のない人にも役立つように書きました。ぜひご一読ください。



【今回の流れ】
今回の文章の流れを説明します。

まず最初に「教本の使い方の前提」、次に「教本の使い方」、最後に「教本の買い方」をお話しします。

高い値段の本を買い、それに見合った効果を得るためには、本の使い方を意識しないといけません。「とりあえず教本を買えば上達するやろ」という発想は危険です。「何に使えるかはよく分からんけど、とりあえず良いスマホ買おう」と言って何十万円もするスマホを買う老人と同じ発想です。教本を買ってどう使うのか、先に理解しておきましょう。

具体的な使い方を説明するために、使い方の前提を先に紹介します。
この後、「教本は全部読まなくてもいい」といった、一見非常識な使い方をお話しします。いきなりそんなこと言われても受け入れられないですよね。
ですが多くの人が教本を活かせないのは、多くの人が信じる常識の方に問題があるからです。そこを納得していただくために、まずは使い方の前提から説明します。


「教本の使い方の前提」、「教本の使い方」、「教本の買い方」について説明するのですが、それぞれについて三つの項目を挙げていきます。
まとめると、今回の文章の目次は以下のようになります

「教本の使い方の前提」
 (1) 目的を持つ
 (2) 長期間かけて使う
 (3) 正解は自分で決める

「教本の使い方」
 (1) 全部読まなくていい
 (2) 読むときはちゃんと読む
 (3) 一般法則を探す

「教本の買い方」
 (1) 必ず立ち読みする
 (2) 自分に合う本を買う
 (3) 買う以外の入手法も検討


それではお話ししていきます。



【教本の使い方の前提】
使い方の前提一つ目は、「(1) 目的を持つ」です。
一番良くないのが、「有名な本だから」とか「○○さんが勧めていたから」とかの理由だけで買うことです。その本をなんのために買うのか、しっかり考えましょう。

「なんのために買うか」って、そんなの絵が上手くなるために決まっている、そう思われるかもしれません。
ですが、「絵が上手くなる」といっても様々です。マンガっぽい絵を描きたいのか、リアルな絵を描きたいのか。人体を描きたいのか、背景を描きたいのか。人体の中でも顔を描きたいのか、全身を描きたいのか。初心者向けの本が必要か、上級者向けの本が必要か。などなど…。

もっと言うと、そもそも教本である必要はあるのでしょうか?
いまどき、ネットでもいろんな情報を得られます。YouTubeで上手な人が絵を描いている動画を観た方が、本を読むより分かりやすいかもしれません。さらに身も蓋もないことを言うと、知識を得るよりもとにかくマンガをたくさん描く方が大事な気もします。

老人がなんとなくスマホを買っても使いこなすのは難しいでしょう。そもそもスマホなんて要らないかもしれません。でも、「孫とビデオ通話がしたい」と明確な目的があれば、苦手な機械の操作もがんばって覚えられます。
ちゃんと目的を持つこと、なるべく細かく目的を設定すること、そのために必要な教本を使うこと。それが教本を活用するための大前提です。

余談ですが僕の場合、教本を買う目的の一つに「なんでもいいから教本を読みたい」というのがあります。
本業が学校の教員なので、「ものを教える」とか「ノウハウ」とか、それ自体に興味があるんです。だから教本を斜め読みしているだけでも十分楽しいし、間接的に本業にも活きています。
そんなわけで僕は割と気軽に教本を買っちゃいます。それなりの冊数の教本を買ってて書籍紹介もしてますが、「マジメに絵を描くならこれぐらいの数は読んどかないとね」なんてことは思っていません。数でマウントをとる文化は好きじゃないです。


次の前提は「(2) 長期間かけて使う」です。
普通の本なら1日かければ読み切れるでしょう。しかし教本はそうではありません。教本にもよりますが、数ヶ月や数年、ものによっては10年以上の歳月をかけて少しずつマスターしていくものです。
それも、数ヶ月や数年の間、毎日その本に取り組む必要はありません。そんなことしてたら肝心のマンガが描けません。マンガを描いていて、難しい絵を描かなきゃいけなくなったら教本を開く。それで十分です。こういう使い方をするのであれば、数ヶ月や数年かけて教本を使うのも当然ですよね。

長期間使うことを前提とすると、本棚の隅でホコリを被っていても自己嫌悪に陥る必要はなくなります。今は使っていなくても、1年後に使うかもしれませんから。


最後の前提は「(3) 正解は自分で決める」です。
当たり前ですが、絵の描き方なんて人によって千差万別です。唯一絶対の正解なんてありません。本ごとに内容が180°違うこともザラです。
教本に描いてあることに従うかどうか。それを決めるのは自分自身です。めちゃくちゃレベルが高い、ちゃんとした描き方が紹介されていても、「へぇ〜そんなやり方もあるんだ〜。でも自分には難しいからこの描き方はしないでおこう」と思ってもいいんです。

そんな本の読み方は不真面目だと思われるかもしれません。「本に書いてあることに従えよ!」と。
ですが最初の前提を思い出してください。最初の前提は「(1) 目的を持つ」でした。
目的があって本を手に取ったはずです。その目的を達成することが一番大事です。「本に従うこと」を目的にするのは、本質的ではありません。

もちろん、「目的を達成するためには本に従うのが一番いい」ということも多いでしょう。「初心者にはこの描き方は難しいけど、それでもこの描き方だと上手くなる」ということもあるでしょう。素人が自分で判断することのデメリットも当然あります。

ですが、そこまで踏まえた上で、自分で決めるのです。
自分なりに正解を決める。それに伴うデメリットはしっかり受け取る。それだけのことです。
何も考えずに教本に従うのがベストかもしれません。ですが、教本の内容が自分に合わなかったとしても、誰も責任をとってくれません。
自分の行動の結果に責任を持てるのは自分だけです。だから、自分で決める。そういう話です。

それって別に、教本だけの話じゃありません。人生のすべての場面で言えることです。
だから教本と真剣に向き合うことは、人生の練習にもなります。学ぶ過程で「自分で正解を決める」という行為に慣れていけば、人生のいろんな場面が好転していくはずです。だから"学ぶ"って大事なんですね(学校の先生並みの感想)。



【教本の使い方】
前提を押さえたところで、教本の使い方を説明していきます。

まずは「(1) 全部読まなくていい」
前提に納得してもらえていれば、全部読まなくてもいいというのも納得しやすいのではないでしょうか。「顔を上手に描きたい」などの目的を達成できればいいのであって、全部読むことを目的にする必要はありません。数ヶ月や数年かけてじっくり読めばいいので、急いで隅から隅まで目を通す必要はありません。

とはいえ全く読まないのももったいないので、最初にザッと全体に目を通すぐらいはしておくといいでしょう。どんなことが書いてあるかを知っておけば、絵を描いていて困ったときに「あの本にこれの描き方が載ってた気がする」と気付くことができます。


使い方の二つ目は「(2) 読むときはちゃんと読む」です。
全部読まなくていいとか長期間かけて読めばいいなんて言われると、がんばらずにテキトーに読んでもいいように思えるかもしれません。ですがむしろ逆です。全部読まなくていいし、一気に読まなくていいので、読むときはちゃんと読みましょう。流し読みではあなたの能力は成長しません。

ちなみに教本を"読む"と言っても、絵を見ずに文章だけ見ていればいいわけではありません。
ここでいう"読む"とは「作者の言いたいことを理解する」という意味です。文章も図解も全部見て、作者の言いたいことを正確に把握するのです。集中力を発揮して、図解を模写したり、教本にメモを書きこむなどして読んでいきましょう。ここの手間を惜しむと値段分の価値を得ることは難しいです。


しっかり読めたら最後は「(3) 一般法則を探す」です。
「○○なときはこうやって描く」という説明を見ただけだと、それ以外の状況での描き方は分かりません。顔の描き方の解説で斜め45°から見た場合の説明だけあっても、斜め30°の描き方は分かりません。「教本のおかげで45°の場合は描けるようになりました。それ以外の角度は描けません」だと、教本から得られるものは少なくなります。

特定の状況だけで通用する方法ではなく、様々な、一般的な状況で使える法則を探しましょう。「斜め45°しか習ってないから、それ以外は描けない」ではなく、「斜め45°でこうなら、30°の場合はこうなるだろう。それ以外の角度だとこうだろう」と考えていくのです。

この過程で前提の「(3) 正解は自分で決める」が重要になります。30°や他の角度での描き方の正解は自分で決めるのです。
教本によっては、「こう考えればどの角度での描き方も分かる」という、一般的な法則を教えてくれるものもあるでしょう。その場合でも自分で決めることは大事です。
一般的な法則は伝えるのが難しいので、「(2) 読むときはちゃんと読む」という過程が難しくりなります。自分は正しく読み取れているのか、読み取った描き方は正しいのか、判断に迫られます。

「(3) 一般法則を探す」は、"読む"という行為の上級レベルです。
これをやるためには、普段から本を"読む"練習をしていないと難しいかもしれません。"読む"練習については語り出すと長くなるので、別の機会にお話しできたらと思います。



【教本の買い方】
教本の使い方や、その前提となる考え方が分かったところで、教本の買い方に移ります。

まずは「(1) 必ず立ち読みする」
その本で自分の目的を達成できるのか、立ち読みして内容を確認しましょう。ネット販売のサンプルだと最初の方の少しだけしか読めないので、なるべく本屋さんで立ち読みし、全体をザッと見ておきたいところです。
「立ち読みは悪いことだ」と思われるかもしれませんが、マンガの立ち読みとは違いますから。教本は立ち読みして「全部理解したからもう買わなくていいや」とはなりません。数千円の本を買うために必要な過程ですし、本屋さんも分かってくれます。
それでも気になる人は、立ち読みした後マンガでも買って本屋さんの売り上げに貢献しましょう。


立ち読みしてから買うかどうか判断するのですが、「(2) 自分に合う本を買う」ということが大事です。
まずは自分の目的やレベルに合ったものを買うこと。誰かが勧めている本であっても、目的やレベルに合わなければ活用するのは難しいです。

目的やレベルだけではありません。作者の絵柄、本のデザイン、色の使い方、本の分厚さ、説明文の文体など…。いろんな要素が自分に合うかどうか、それも大事です。
なにせ教本とは、数ヶ月や数年の付き合いになるのです。デザインや色使いなど、些細なところであっても、なるべく自分の好みにあったものを選びたいものです。特に作者の絵柄は大事で、「自分もこういう絵を描きたい」と思える教本でないと長年付き合っていくことは難しいです。

「いや合う合わないじゃなくて、教本のクォリティで選べよ」という意見もあるでしょう。ためになることが書いてあるかどうか。それだけが大事で、好みかどうかなんて関係ない。「昔から読まれている有名な本ならクォリティは保証されているから、それだけ買えばいい」と言う人もいます。それも一理あると思います。

ですが、そうした主張の裏には「みんなこれを買うべきっていう正解の本がある」という考えがあるように思います。「この本はクォリティが高いから買うのが正解。この本は低いから買うのは間違い」と、買うべきかどうかを客観的に審査したがっているように見えるのです。
しかし最初の方でもお話ししたように、絵の描き方は人によって千差万別です。絵を描く目的や教本を買う目的も人それぞれです。
「みんなこれを買うべきっていう正解の本」があったら素敵だと僕も思うのですが、それは幻想にすぎないでしょう。ありもしない「正解の本」を求めるのではなく、自分の目的を達成させてくれる「自分に合う本」を探す方が、お金に見合った成果を得やすいです。


立ち読みして自分に合う本が見つかったとしても、買うのは少し待ちましょう。「(3) 買う以外の入手法も検討」するのです。
教本って高いですからね。なるべくなら買わずに入手したり、安く買いたいものです。有名な本なら図書館に置いてあることもあります。最近の教本だと、作者がYouTubeをやっていて教本と同じ内容を動画にしていることもあります。あるいは古本屋やメルカリで安く買うこともできるでしょう。

教本を安く入手できると、大きなメリットがあります。次の教本を買いやすくなることです。
買うときは「(2) 自分に合う本を買う」が大事とお話ししましたが、自分に合う本を選ぶことも難しいです。合うと思って買ったけど、いざ使ってみると合わなかったということもあるでしょう。
自分に合う本を選ぶ力は、徐々に身に付いていくものです。1冊買って失敗しても、その失敗を活かして次に自分に合う教本を買えればいいのです。次の本も買えるよう、金銭的に無理のない入手方法をとることが大事です。

もちろん、お金に余裕があるなら新品を買うのが一番いいです。
数年かけて使う前提なので、最初から古びている中古本を買うより、新品の本を買う方が長く気持ちよく使えるでしょう。中古本だと前の持ち主が書きこみしてある恐れもゼロではありません。何より新品を買わないと作者さんの収入に貢献することができません。

お金の話って、絵やマンガを描くことと関係ないと思われるかもしれません。
でも、僕たちの生活はお金なしでは成り立ちません。「どうお金を使うのか」という問いは、「どう生きるのか」という問いにつながります。少しでも考えてみる価値はあると思います。



【おわりに】
以上、僕なりの教本の使い方や買い方についてでした。

使い方や買い方のコツはまだまだあります。例えば「すぐ分かる」とか「1週間でマスター」とか「初心者にもカンタン」みたいなタイトルは眉に唾つけて見る、とかね。
また、立場が違えば僕の言っていることは役に立たないこともあるでしょう。大金持ちならこの文章を全部無視して気になった本を全部買えばいいのです。

ですが、今回のお話を納得していただければ、この文章で書いていない問題にも答えを出せると思います。
いろいろお話ししましたが、特に大事なのは前提の「(3) 正解は自分で決める」だと思います。結局、教本の使い方も買い方も、あなたが決めていいんです。あなたが正解だと思えば、それがあなたにとっての正解なんです。


今後僕は教本の紹介をしていきますが、その本を入手するか決めるのはあなたです。
でも、あなたが僕の紹介文を読んで、興味を持ち、本屋さんで立ち読みして自分に合うと判断し、金銭的に無理のない方法で手に入れ、あなたのとその本が長い付き合いになり、あなたの成長の役に立ったなら、それはとてもうれしいです。

誰にでも役に立つ正解の本を紹介することはできませんが、どんな人に合うのか伝わるような紹介をしていくつもりです。今後ともよろしくお願いします。


それでは、長い文章を最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
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