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【好きな作品全力語り】第1回『Dr.STONE』

【新コーナー!! 好きな作品全力語り!!】

というわけで新しい試みとして、僕の好きなマンガについて"全力で"語っていくというコーナーをやってみようと思います。
この後紹介する『Dr.STONE』の最終巻を読んだんですが、これがもう最高の終わり方してまして。『Dr.STONE』のことを誰かに語りたすぎてこのコーナーを作りました。
そしてせっかくなら、一切の遠慮をせず全力で語ることにしました。

好きなものの話をするときって思う存分長々と語りたくなりますが、それって実は悪手です。
だってドン引きされますから。
それに長々喋っても相手は聞いていられず、好きなものの魅力も伝わりません。一言二言で手短に済ませる方が、好きなものの魅力が相手に伝わる可能性が高いです。

そのセオリーを無視して、あえて全力で語ってみるのが、今回の企画です。
手短な方が得だとかそういうことは置いておいて、僕の語りたいことを全力で、なおかつ読んでくださる方に伝わるように書いてみます。好きなものについて深堀りして考え、言語化してみる。そしたら僕にとっても読者さんにとっても、何かしら新しい発見があるんじゃないかと期待して長文を書いてみました。

長い文章にはなりましたが、何度も推敲して読みやすい文章に仕上げたつもりです。お暇な方はぜひお付き合いください。


※ネタバレをしないよう気を付けていますが、多少内容に触れる部分があります。予備知識ゼロで『Dr.STONE』を読みたい場合はこの先を読まない方がいいかもしれません。
『Dr.STONE』は「少年ジャンプ+」にて、第1話〜第3話が無料公開中です
第1話はこちらから。


【あらすじ】
世界中の人間が石化する、謎の現象に巻き込まれた高校生、千空(せんくう)。
数千年後に目覚めた千空は、ゼロから文明を作ることを決意する。



【『Dr.STONE』七つの魅力】
『Dr.STONE』はですねぇ…、僕の大好きなマンガなんです。僕は小学校に入る前から絵本読みつつマンガも読んでたので、マンガ読者歴は30年ぐらいになります。そんな僕のマンガ人生の中でも1,2を争うベストマンガが『Dr.STONE』なのです(もう一つ首位争いをしているマンガは『からくりサーカス』。こちらもいつか語りたい)。

『Dr.STONE』の何が僕の心を魅了したのか? 大別すると次の七つになります。

 (1) 科学を真正面から描き切る
 (2) 科学だけにとどまらない人間の営みを描いた
 (3) 魅力的なキャラクターたち
 (4) 新次元の戦略バトル
 (5) 常に読者を驚かせる展開
 (6) 上記(1)〜(5)を可能にする構成力、演出力、説明力
 (7) 令和の努力・友情・勝利

今回はこの七つの魅力すべてについて詳しく語っていきます。
普通はそこまで長々と話さないんですけどね。今回は全力で語るという趣旨なので徹底的にやりましょう。


【(1) 科学を真正面から描き切る】
『Dr.STONE』のメインテーマは科学です。主人公の千空は高校生のくせにありとあらゆる科学知識を持っています。その知識を活かして原始時代に現代の科学アイテムを作ったりします。強い敵と戦うときにも科学の知識で立ち向かいます。

そして僕自身も、科学がめちゃくちゃ好きです。というか本職が高校の物理教師なので、むしろ科学が専門の人です。そんな僕が見ても舌を巻くほどの科学知識が『Dr.STONE』には盛り込まれています。それも細かい科学知識だけでなく、「科学とは何か」という根本の部分も真正面から描かれています。


みなさんは「科学」に対してどんなイメージをお持ちでしょうか?

これだけ科学が発展した時代に生きていると、科学って万能なイメージがありますよね。究極に頭がいい科学者がいれば、どんな不思議な現象でも仕組みを説明してくれそうです。とんでもない発明品を次から次へと作ってくれたりもしそうです。

一方で、「科学では説明できないこともたくさんある!」という意見もあるでしょう。
幽霊がいるとかいないとか、超能力だとか。科学が全てではない、万能ではないと思うときもあるでしょう。

ですが科学の本当の姿は、そのどちらでもありません。
科学は魔法ではありません。不思議な術で編み出されたものではなく、地道な研究によって得られた成果でしかありません。古代ギリシャの時代から多くの人たちがいろんなことを考え、実験し、後世に伝え、伝えられた人がまた考え、長い年月の中で人間が作り上げてきたものです。

完璧な人間がこの世にいないように、人間が作り上げた科学も完璧ではありません。
「科学は万能だ」とか「いやいや、科学は万能じゃないよ」なんて論争は、そもそもズレているんです。「科学は万能かどうか」なんて、答えは決まっています。科学は万能ではありません。「万能かどうか」なんて議論が発生する時点で、科学の本当の姿は見誤られているのです。


「科学は万能ではない」って言い切られると、ありがたみがなくなったように感じるかもしれません。「科学って大したことないんだ」と思われるかもしれません。ですがそうではないんです。

作中で千空たちは、「人類が石化する」という理解不能な現象に見舞われます。まさに「科学で説明できない現象」ですよね。
千空も「科学で説明できないこともあるんだな」という言葉を投げかけられます。これに対する千空のアンサーが素晴らしいんですよ…!!
それも「上手いこと言ったった」みたいな上っ面のセリフじゃなくて、行動で示して得られた成果とともに発せられたセリフなんで、すごくグッと来るんです…!!

そしてそのセリフが出てくるのは、物語が始まってすぐの第2話なんです。最初の時点で科学の本質を教えてくれるんです。そしてその科学の本質が、物語の始まりから最終話に至るまでず〜〜〜っと貫かれているんです。最初にそのセリフを見たときもグッと来たんですが、最終話まで読んでからそのセリフ見たら涙でてきました。

一つ一つの科学アイテムに関する知識だけでなく、科学の本質も教えてくれる。上っ面の知識だけでなく科学の根本の部分も描き切った。それが『Dr.STONE』一つ目のすごさです。



【(2) 科学だけにとどまらない人間の営みを描いた】
僕は科学が好きなので科学マンガの『Dr.STONE』が大好きなのですが、もちろんそれだけではありません。科学以外の人間の営みも描かれているのが『Dr.STONE』のすごいところです。


主人公の千空は原始時代の何もない状態から、少しずつ文明を進めていきます。科学の力で便利な道具を作り出していくのですが、必要になるのは科学だけではありません。

例えば、音楽や美食。どちらも人間が生存するために必須というわけではありません。ですがそれらには、人の心を動かす力があります。

作中で千空たちは、様々な困難に直面します。困難を乗り越えるため、時には便利な道具を作ります。そして時には、現代の音楽や美食を科学の力で復活させます。生きる上で必要不可欠というわけではない美食や音楽。そうした人間が生み出した素晴らしいものに助けてもらう場面が何度も出てきます。

復活させた音楽や美食に触れて作中のキャラたちが感激するっていうシーンがけっこうあるんですが、これがまた良いシーンなんですよ。「人はパンのみにて生きるにあらず」って言いますけど、まさにこういうことなんだなって。生きるのに必須ではない文化的なものが、どれほど僕たちの生活を支えてくれているかを実感できます。そんな文化を作ってくれた過去の人たちはすごい、という気持ちさえ浮かびます。


この作品のメインテーマは科学ですが、科学だけじゃあないんです。
人間は科学技術を発展させることで、新しい楽器を作り新しい音楽を奏で、それをいつでも聴けるようにしました。原始時代には存在しなかった美味しい料理を食べられるようにもなりました。科学の発展の歴史は、人類の文化の歴史でもあるのです。
『Dr.STONE』では科学を通して、音楽や美食といった文化も含めた、人間の営みそのものが描かれているのです。

だから『Dr.STONE』は、科学や理科に苦手意識を持っている人にも自信をもってオススメできます。むしろ苦手な人にも読んでほしいです。当然、科学好きにも超オススメ。
全人類みんなで読もう!! 『Dr.STONE』!!



【(3) 魅力的なキャラクターたち】
千空は科学が専門ですから、音楽や美食のことは詳しくありません。頭はいいですが、体力はからっきしです。

『Dr.STONE』には、そんな千空を支える個性豊かな仲間たちがたくさん登場します。力持ち、手先が器用、心理学に長けている、もの作りが得意などなど…。臆病でゲスさが取り柄、なんて奴もいます。
それぞれの個性を合わせることで、とんでもない科学アイテムを作り上げていきます。科学知識を持っている千空だけが偉いわけではありません。みんな必要なんです。

そしてその一人一人がまた魅力的なんですよ…。
特技や性格の違う多様なキャラがいて、それぞれに活躍の場があります。キャラの良さを引き出すシチュエーションがしっかり用意されていて、み〜んなかっこよく活躍します。
それも特技を活かすだけでなく、性格も活かしています。ゲスで自分のことしか考えてない奴がいるけど、その性格の悪さが吉と出るとか。

ホントにいろんなキャラがいてそれぞれ特技も性格も違うんですが、みんな魅力的です。
そんないろんな奴らが足りないところを補いあい、大きな目的を達成していきます。


そう言われると「じゃあ特技のない奴は要らないんじゃないか」と思えるかもしれません。人に誇れる特技を持っている奴らが偉くて、特技がないならいてもいなくても変わらない…なんて思えるかもしれません。

しかしそうではありません。
現代社会では物を大量生産するとき、機械が活躍します。人間が働かなくても機械が同じ作業を何度も繰り返し、自動でたくさんの物を作ってくれます。
ですが『Dr.STONE』の原始時代には、そんな機械はありません。ではどうするのかというと、人海戦術です。大勢の人間で地道に作っていくのです。
これも作中で何度もぶつかる壁です。「作りたいものがあるけど、人手が足りないから無理」っていう。それがいろいろあって人手を増やすことができ、作れなかったものが作れるようになります。そのとき働くのは、名前のついていないモブキャラたちです。彼らの働きによって不可能が可能になるシーンが、作中には何度もあります。


『Dr.STONE』では、個性の有無に関わらず、いろんなキャラが力を合わせて文明を進歩させていきます。
そして、それこそが人間の営みなのです。
現代に生きる僕たちは、たくさんの便利なものに囲まれて生きています。その便利な発明品は、すごい天才が一人で考え、作ったものでしょうか? そうではありませんね。

千空や仲間たちが力を合わせて発明品を作ったように、僕らの周りのいろんなものも、たくさんの人たちが力を合わせて作ったものです。その中には他人ほど優れた能力がなくても、地道な作業で貢献してくれた人たちもたくさんいたはずです。

『Dr.STONE』を読むと、人類はすごいって思えます。科学知識を持っている奴だけがすごいのではなくて、人類はみんなすごい。特技があってもなくても。何かをがんばれば何かの役に立ってる。それが未来の誰かのためになる。そう思えるんです。



そして、キャラの魅力について語るとなると好きなキャラの話を存分にしたいところなんですが…ネタバレになりそうなのでやめときます。キャラ同士が力を合わせるっていう話だとカセキとジョエルのエピソードとかめっちゃ好きなんですけどね。
あと「一番好きなキャラは誰か」っていう問題があって、これは正直まだ決めかねてます。主人公の千空も良いけど一番かというとどうだろう…第一候補は龍水かなあ…。

…要するに、誰が一番かを決めるのに悩むぐらい、魅力的なキャラばかりなのです。



【(4) 新次元の戦略バトル】
ここまでの文章を読むと、「教育的なマンガっぽくてつまんなそう」と思われたかもしれません。
(そもそもここまで読んでくれてる人がいるのか、という問題もありますが)
ですが教育的なだけでは僕の人生トップレベルのマンガにはなりません。少年マンガとしての面白さもトップレベルなのです。

『Dr.STONE』は科学マンガですが、バトルマンガでもあります。しかし、普通のバトルマンガとは少し違います。

バトルとは、「どちらが強いか」を競うものです。自分の方が強いのか、敵の方が強いのか。その答えは戦ってみるまで分からなくて、味方が勝ちそうになったり敵が勝ちそうになったりして、味方の秘められたパワーが覚醒したりして勝利するのがよくあるバトルマンガでしょう。

しかし『Dr.STONE』の場合、基本的に敵の方が強いです。
「戦ってみたら味方の方が強いかも…」と思える場面はほとんどありません。

面白いことに、敵味方含めた強さの序列は、たいてい戦う前から分かっています。味方にもバトルできる強いキャラはいますが、だいたい敵の方が格上です。そしてそれが逆転することはほぼありません。急に覚醒して敵より強くなることはないのです。

まともにやれば100%負ける相手。その相手にどうやって勝つか。それが『Dr.STONE』のバトルです。

味方側は武力では負けていても、科学というアドバンテージがあります。科学の力でバトルに勝つのです。
そのためにはすごい科学アイテムを発明しなければなりません。当然バトルの最中に発明なんてできませんから、バトルになる前に時間をかけて戦略を練り、発明をします。ときには半年以上かけて

その時点から、千空のバトルは始まっているんですね。孫子の言葉で「勝敗は戦う前から決まっている」という意味のものがありますが、まさにそれです。他にこんな少年マンガあるでしょうか? 「普通に戦ったら勝てないから、半年前から作戦を立てて科学知識で対策する」っていう。

その時点で新感覚なんですが、半年以上かけて用意した作戦、そうスムーズに成功しないんですよね…。作戦通りで終わってしまったら物語の山場がなくなりますから、たいていの場合何かしら予想外のトラブルが発生します。
用意した作戦が使えずまともに闘うとなったら勝ち目はありません。この土壇場でどうするのか? そこでもやっぱり戦略が頼りです。土壇場の、準備期間もない中で作戦を立てる。ここの緊張感がすごく見応えがあります。他のマンガだと絶体絶命のシーンになると「主人公が覚醒するのかな」とか思えるんですが、そんなこと起きないですから。
マジでどうしようもない状況なんです。本当に起死回生の一手を思いつかないと死ぬような場面を、どう切り抜けるのか…。

僕が今まで読んできたバトルマンガの中でも、バトルの面白さはトップレベルです。



【(5) 常に読者を驚かせる展開】
バトルのためにとんでもない作戦を準備するものの、トラブルが発生して絶体絶命…。土壇場で機転を利かせて大逆転…。一つ一つの展開に、読者はハラハラドキドキします。

そしてそれは、バトルだけに限った話ではありません。ストーリー全体を通じてそうなんです。

『Dr.STONE』のストーリーで何がすごいかっていうと、バトルの準備期間がめちゃくちゃ面白いことです。
普通、バトルマンガはバトルが面白いんです。バトルとバトルのつなぎの回は箸休め的なものです。あるいは次のバトルに向けて緊張感を高めていく、本番前の助走期間のようなものでしょう。

しかし『Dr.STONE』では、バトルの準備期間も一種の戦いです。
原始時代に本来存在しないものを発明してアドバンテージを得ようというのですから、簡単なことではありません。山あり谷あり乗り越えて発明が進んでいく様は、非常に読み応えがあります。


そしてバトルの準備期間では、さらにストーリーが面白くなる工夫がされています。
発明というメインの目的とは別に、大きな謎が提示されるのです

数千年後の世界で、千空たちは右も左も分かりません。そんな中で敵と争うのですが、時として世界の謎に触れる場面があります。数千年の間に何があったのか。そもそも、なぜ人類は石化したのか。
バトル前の準備期間にそれらの謎の手がかりを得たり、逆に謎が深まったりします。それですごく続きが気になるんですね。読者に興味を持ってもらうためのフックが、バトルだけじゃなくて複数用意されているんです。

こうした仕掛けが随所にほどこされていて、バトルの最中やバトルの準備期間、そしてバトル終了直後でさえ続きが気になるようにできています。
普通はバトル終了直後は一息ついて話のトーンも落ち着くものですが、そうはなりません。ひと段落ついたと思ったらすぐ次のトラブルや課題が現れて、千空たちは休む間もなく次なる挑戦を始めます。その話の運び方も無駄がなくて上手なんですね。ず〜〜っと続きが気になる状態にさせられます。

僕は単行本派で、新刊が出るたびに買って読んでは「早く続きをくれ〜!」って叫んでました。『Dr.STONE』が完結した今、もうああやって叫ぶことはないのかと思うと、ホッとしたような寂しいような気持ちです。



【(6) 上記(1)〜(5)を可能にする構成力、演出力、説明力】
ここまで述べた『Dr.STONE』の魅力ですが、これらを実現するのは並大抵のことではありません。

千空を敵と対峙させ、どんな科学アイテムを作らせどんな作戦をとらせるか考え、発明の過程を面白く描き、個性豊かな仲間たちに活躍の機会を与え、それと並行して世界の謎を提示する…。バトルでは作戦のトラブル、そこからの逆転の策も考える…。バトル終了直後にすぐさま次の展開を用意する…。それらの展開を無駄なくスムーズに進める…。用意した伏線はしっかり回収…。
ストーリーの構成がめちゃくちゃ高度なんですね。構成力が非常に高い。


その上で一つ一つの展開をドラマティックに演出する力もすごいです。
あらすじ紹介で「世界中の人間が石化した」ってサラッと書いてますけど、ここの演出もいいんですよ。みんなが突然石化してパニックになってるところの絶望感とかね。絶望的なシーンを本当に絶望的に描くんですよね。逆にうれしいシーンは本当にうれしく描くっていう。
当たり前のことのようですが、これが難しいんですよ。めちゃくちゃ絶望的なシーンで、読者にきちんと「めちゃくちゃ絶望的やん…」と感じてもらえなければ、『Dr.STONE』の高度な構成が成り立ちません。一つ一つのピースがしっかりできているからこそ、完成したパズルは美しいのです。全体的な構成力だけでなく、一つ一つのシーンの演出力も高いです。


さらに『Dr.STONE』で特筆すべきが、説明力です。
千空が作る科学アイテムは、どういう仕組みで動くのか。どうやって作るのか。バトルの作戦はどういうものなのか。
ややこしいことを読者に分かりやすく説明できないと、ストーリーが成り立ちません。ここの説明も上手なんですよ…。説明を上手いことまとめているし、図解もイイ感じだし、科学の複雑すぎる話は上手く省いたり「説明されても分からんわー!」っていうギャグにしたり…。説明力もめっちゃ高いです。


『Dr.STONE』は高レベルな構成力・演出力・説明力を備えています。
そしてそれらの力は、原作担当の稲垣理一郎先生の力だけでなく、作画担当のBoichi先生の力による部分も非常に大きいです。

Boichi先生めっちゃ画力高いんですよね…。
バトルシーンもすごいし、キャラの造形もいいし。背景や小物の描きこみもすごいです。


中でも僕がBoichi先生の絵で好きなのが、キャラの表情です。
主人公の千空は科学的に合理的に物事を考える奴で、とてもドライな性格をしています。感情的に振り回されて我を忘れるようなことはありません。

そんな千空がときどき、ほんのちょっとだけ感傷的な表情を見せることがあります。ここの表情がまた絶妙なんですよ…!!
感情が表情に出るといってもドライな性格なんで、100%表には出てこなくって、でもそういう気持ちになっていることはしっかり伝わってくる…。ほんですぐいつもの顔に戻るあたりの描き方がさあ、もう読んでて「クゥ〜」ってなります。語彙力消失してますね、すいません。
それぐらい表情の描き方上手なんです。「千空の好きな表情TOP10」とかやりたいぐらいです。ネタバレになるのでできませんが…。


そして「マンガという表現方法での説明力」も抜群です。Boichi先生はSFマンガを描くために大学で物理学を専攻したそうです。それだけあって、科学アイテムの作画おける細部へのこだわりもすさまじいです。細かいところまでしっかり描かれているし、マンガのコマ割りの中でしっかり伝わるように説明しているし、本当にすごいです。脱帽です。

原作担当の稲垣理一郎先生も、作画担当のBoichi先生も、どちらもものすごい能力をお持ちです。お二人の能力が活かされることで生まれた、奇跡のようなマンガ。それが『Dr.STONE』なのです。



【(7) 令和の努力・友情・勝利】
そうやって凄まじい技術で描かれた『Dr.STONE』ですが、なにも技術だけがすごいのではありません。そこに込められた魂もすごいです。
科学マンガって聞くとクールでスマートな印象を持つかもしれませんが、実際は真逆です。『Dr.STONE』は最高にアツい、泥臭いマンガなのです

かつての少年ジャンプのキーワードは、「努力・友情・勝利」でした。
努力して、仲間と力を合わせ、勝利する。それこそがジャンプの少年マンガだ、というわけです(別にジャンプ編集部にそういうマンガを描かせる方針があったわけではないらしいですが)。

その後時代はくだり、そういう暑苦しいのはダサいという風潮も生まれました。
最近流行りの異世界転生チートものでは、主人公は最初から最強で挫折を知らないものが多いそうです。
僕はまだそのジャンルを読めてないので詳しく知りませんが、そうした最強の主人公というのも面白いんだろうと思います。流行ってるからには流行ってるいるだけの面白さがあるのでしょう。

そういうジャンルを否定する気はないですけど、僕は努力・友情・勝利のマンガが大好物なんです…!! 主人公が泥臭くあがいて、自分一人じゃ勝てない敵に、仲間と力を合わせて勝つ姿に胸が熱くなるんすよ…!!
時代遅れの古いマンガ読みなのかもしれないけど、好きなものは好き!!

そして『Dr.STONE』は、魂が震える熱いマンガなのです。
千空は高校生のくせにありとあらゆる科学知識をもっていて、いろんなものを発明できます。現実にはいくら科学が得意でも作り方までは知らないのが普通ですし、知っていたとしてもせいぜい自分の得意分野に限るでしょう。それなのに千空はいろんなものの作り方を細部まで知っており、その知識量ははっきりいってチートです。

ですが『Dr.STONE』は、いわゆる「俺TUEEE系」の作品ではありません。
チート級の知識を持っていても、千空が進む道は決して平坦な道ではありません。いろんなトラブルや敵に見舞われ、もう駄目だという状況に何度も追い込まれます。それでも、千空は挫けません。できることをやるだけです。個性豊かな仲間たちと力を集めて、一歩ずつ地道に進んで、科学を進歩させていきます。

そうして勝利をつかんだときのカタルシスたるや…!!
昔ながらの努力・友情・勝利でしか得られない栄養がありますね。


とはいえ『Dr.STONE』は古臭いマンガではありません。努力・友情・勝利とはいっても、かつての少年マンガよりも現代的な感性で描かれています

努力・友情・勝利の典型例は、『巨人の星』や『あしたのジョー』などに代表される昭和のスポ根マンガでしょう。僕が読んだことのある中では『キャプテン』などがその極致にあるように思います。
これらのマンガでは、主人公が本当にズタボロになるまで努力します。正直ドン引きします。
『キャプテン』に至っては野球の試合をしているのに「この子らもうすぐ死ぬんちゃう?」ってぐらいズタボロです。死にかけるほど粘って粘って、最終的に勝っちゃうんです。
努力が報われて良かったとは思うものの、「いやそんな状態でよう勝てたな」、「何が君たちをそこまでさせるんや」と、どこか冷めた目で見てしまいます。僕は『キャプテン』好きだし面白いとは思うんですけど、令和の感性で読むとついていけない部分があります(ついていけないぐらい読者の感性を超越しているところが好きなんですけどね)。


『Dr.STONE』がそうしたスポ根マンガと違うのは、がんばる理由に読者が共感できることです。
がんばって発明しないと敵に負けてしまい命の危険がある、というのもそうですが、千空ががんばる理由はもっと原始的で前向きです。


そそるぜ これは」


いやぁ〜…名言っすねぇ…(恍惚)。
「唆るぜ これは」というのは、千空の口癖です。「原始時代に科学文明を作る。唆るぜ これは!」というわけです。大きな謎に直面したときにも「こいつは興味深い。唆るじゃねえか…!」という具合です。

唆る…つまり「面白そう」と思う好奇心です。人間が古来から持っている、未知のものを面白がる原始的な気持ち。この気持ちを原動力に、千空は科学を進歩させていきます。それが読んでて気持ちいいんですね。

スポ根マンガの場合、がんばる理由はどこか社会的です
スポ根マンガの主人公たちががんばる理由はそれぞれですが、根底には「人は夢に向かってがんばるべし」という価値観があります。がんばることは素晴らしい。だからがんばる。
ですがその価値観は個人の魂から原始的に湧き上がってくるものではなく、社会から与えられるものです。原始人には「夢に向かってがんばるべし」なんて発想はないですからね。夢よりも今日の食糧の方が大事です。

社会から与えられる価値観は、時代によって変化します。最近でも「夢に向かってがんばるべし」という価値観は通じるものの、「死にかけてまでがんばるのは良くない」という価値観も根付いてきました。野球部員が暑い日に水を飲まずにがんばっていたのも、今となっては昔の話です。だから昭和のスポ根マンガは、令和になって読むと感情移入が難しいです。


一方で「唆るぜ これは」というのは、社会から与えられた価値観ではありません。個人の魂から原始的に湧き上がってくる気持ちです。これはどんな時代であっても変わらないものです。
昭和の時代も、令和の時代も、人間には好奇心があります。たとえ好奇心を持つことを禁ずるような社会があったとしても、その気持ちは誰にも止められません。だから、原始的な動機をもとにがんばる千空には、いつの時代のどんな社会に暮らす人にも共感しやすいはずです。その点が昭和のスポ根マンガとの決定的な違いです。


そしてその原始的な動機付けを、キャッチ―なフレーズにして、口癖に落とし込んだのが上手いんですよ…
フレーズがキャッチ―だから、科学が好きじゃない読者にも理解しやすい。口癖だから何度も繰り返して言うことになり、読者はそのセリフを何度も目にします。それによって千空の動機が読者にしっかり伝わる。これも大事なところです。

昭和のスポ根マンガでは、そうした工夫はなかなかありません。
スポ根マンガの中でも『あしたのジョー』はかなり原始的な動機でがんばっています。主人公のジョー個人の魂から湧き上がる、闘争本能。相手に負けたくない、勝ちたいという原始的な欲求に突き動かされて、何度リングに倒されても立ち上がります。
ですが、その原始的な欲求が、読者に受け入れやすくなる仕組みはほとんどありません。「分かる人には分かる、分からない人には分からない」という世界なのです。昭和の男たちは興奮するけれど、女性や令和の人々には通じない…。そういうマンガなのです。だからこそハマる人にはめちゃくちゃ面白いマンガで、僕も『あしたのジョー』は大好きなんですが、誰にでもオススメできるマンガではありません。


「唆るぜ これは」というセリフによって、読者は千空ががんばる理由に共感できます。なので「なんかよく分からんことに必死になってやがる。ダサっ」とは思われません。似たような努力・友情・勝利でも、がんばる理由に対して読者が共感できるよう、ていねいにケアされています。このあたりが現代的なマンガだなあと思います。令和のマンガの努力・友情・勝利は、こういう形になっていくのかなと思います。


さらにさらに、「唆るぜ これは」と言うセリフは、作品のテーマとも深くつながっています。

「唆るぜ これは」というは、すごく単純な気持ちです。
言い換えれば「面白そうだからやる」程度の話です。原始時代にゼロから科学文明を作る理由としては、あっさりしすぎているような気もします。もっとこう、「科学文明を復活させることが、この状況で科学知識を持っている俺の使命なんだ…!」みたいに、使命感とか責任感でがんばっても良さそうなものです。

ですが、現実の世界で科学文明を作り上げた偉人たちは、そんな使命感や責任感で動いていたのでしょうか?
そういう場合もあるでしょうが、やはりみんな、「唆るぜ これは」と言ってがんばっていたのではないでしょうか。ガリレオもアインシュタインもエジソンも、「唆る」という気持ちはきっとあったはずです。

世界を変えるのは、何も使命感や責任感だけではないのです。
「唆るぜ これは」という単純な気持ちでだって、世界を変えることはできるのです。
「唆る」という、単純で原始的な気持ちにだって、それだけのパワーがある。そんなことを『Dr.STONE』は教えてくれます。


千空は「唆るぜ これは」と言いながらがんばります。
何度壁にぶつかろうと、決してあきらめません。仲間たちと力を合わせ、一歩ずつ進んでいきます。そうして…最終話までたどり着きます。

この最終話がまた良いんですよ…!!
ネタバレできないので詳しいことは話せないんですが、最終話までちゃんと作品のテーマを貫いています。最初から最後までブレずに描き切っています。いや〜…すごい。

マンガって、完結するまで評価を決めづらいところがあります。
「今は面白いんだけど、最後まで面白くあってくれるかな…」っていう。途中でダレちゃうマンガも多いですしね。

『Dr.STONE』、素晴らしい終わり方でした。途中でダレたりもしません。
これで胸を張って高らかに言えます。

『Dr.STONE』最高!!!!!!





【おわりに】
『Dr.STONE』について、全力で語らせていただいきました。
ここまで1万2千文字ぐらいあるんですが、最後まで読んでくださった方、ありがとうございます。



でも語り足りない。



ネタバレ無しっていうのが厳しいですね…。語りたいのにネタバレになっちゃうことの多さたるや。ひょっとしたら今後「ネタバレあり編」もやるかもしれません。

超長文なので最後まで読んでくれる人は少ないでしょうし、書くのも大変でした。何度も手直ししながら書いたので、『Dr.STONE』の最終巻を読んでから描き終わるまで1ヶ月近くかかっています。

ですがこの文章を書くために『Dr.STONE』を読み返し、いろんなことを考えました。その過程で新たな発見もたくさんありました。「唆るぜ これは」というセリフのすごさなどは、この文章を書こうとしなかったら気付かなかったことだと思います。そして何よりも、この文章を書くことでより深く『Dr.STONE』のことが好きになりました。

正直読者受けするコーナーかどうかは分かりませんが、今後も気が向いたらいろんな作品について、全力で語っていけたらと思います。


長々と書きましたが、改めて。
最後まで読んでくださり、誠にありがとうございました。
『Dr.STONE』は「少年ジャンプ+」にて、第1話〜第3話が無料公開中です
第1話はこちらから。
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